蚕糸・絹業提携グループ 全国連絡協議会

”F” 機/Function 繰糸機自動化へのあゆみ

2019年度、一般財団法人大日本蚕糸会とともに、蚕糸・絹業提携グループ全国連絡協議会は、日本における絹の歴史や文化を紹介するために、ブランドブック「26の物語で紡ぐ日本の絹」を作成しました。
takaraginu.comではWEB公開企画として、追加取材で作成した記事ととも、AからZまでのアルファベット順に更新していきます。

”F” 機/Function
繰糸機自動化へのあゆみ

フランス人技師ブリュナの功績

明治政府はフランス人技師ブリュナを迎え、群馬県富岡に官営製糸場を開設しました。日本を安価で大量の生糸を輸出する国にすることが、近代化への近道と考えたブリュナは大型の器械で操業することを目指しました。

日本古来の座繰りの技法や、日本の風土にあった再繰式の繰糸機の開発、また小柄な日本女性に合わせた器械の設計など、フランスから導入した器械はまるで「富岡式」と言ってもいいくらいの工夫が施されていました

養蚕農家の熱意

日本の近代化の象徴である「官営富岡製糸場」ですが、当時、この富岡と肩を並べるように影響力のあったのが、農家の手作業による座繰り製糸の「碓氷製糸場」です。碓氷製糸場は碓氷安中の養蚕農家により組合として設立されました。

明治40年、米国の絹織物産地を視察、より高品質な糸が求められている現状に、大胆な器械化に着手、当時の座繰り糸よりも高値がつく器械糸を生産することに成功しました。大正から昭和初期にかけて、直営工場の建設が相次いた組合製糸でしたが、戦時中には政府の方針により姿を消してしまいました。

大量生産から個性の時代へ

戦後、昭和34年に地元有力者が出資して「碓氷製糸農業共同組合」として設立。その後、平成29年に「碓氷製糸株式会社」として新しいスタートを切りました。

富岡では製糸場が閉鎖され、世界遺産となった今では、大型器械を動かすことはできませんが、ここではリズミカルな音を立てて糸を作り続けている自動繰糸機を見ることができます。均一化された大量生産から産地の繭の個性を生かした生糸作りへ、60年以上動き続ける器械によって新しい時代が生まれてこようとしています。

[取材協力]
碓氷製糸株式会社
http://www.usuiseishi.co.jp/

[参考文献]
『絹の国拓く』世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」(上毛新聞事業局出版部)